また、つまずいた・・・

昨日、越えた~! と喜んだらまたまたふりだしに。

主治医の「一喜一憂しないようにね」の言葉が浮かんでくる。
思わしくない入院中のRの状態。良くなった! と思える時があっても、すぐにまた良くない方へ戻ってしまう事もしばしば。
長い闘病になるから精神崩壊しないようにサポートしてくれていたのだと思います。

最初の3cmはちょっと迷って立ち止まって、でも何とかひとりで越えられました。

次の10cmは立ち止まって、なかなか動けない。「じゃ、こっちにまたくるっと戻って来てみよう」と近くをぐるりと周ってみたりして何とかひとりで越えました。

さ~そして最後の12cm。
声かけしたり、またちょっと戻ってみたり、何とかまたひとりで越えないかと2時間待ってみたけれど、Rの鉄の意志は変える事ができませんでした。

待ってる間、普通に通り過ぎて行く人、興味深そうに立ち止まってRを見て行く小学生、こんにちは~とあいさつを交わし、Rにもバイバイ~と声をかけてくれる人。
「ほら、みんな越えて行ってるよ。大丈夫だよ、何も変わってないよ」と子供や人が通った後につられて越えてくれないかなとも期待しましたが、動きません。

Rには多分、今日はここを越えるのはやめておこうという意志、または不安? があってその場所で立ち止まっているのでしょうけれど、それを待っている私のココロの中には、立ち止まって待っているのは「何だか恥ずかしいな...、格好悪いな...、この段差ひとつを越える事もできないのは哀しいな...」って気持ちが。

Rに「Rは今日はひとりで越えたくないってそこに立ってるけど、こうやって待ってるのは何か恥ずかしいし格好悪いって思っちゃうよ」、「手をひっぱってあげるのは簡単だけど、できる事だから手伝わないよ」と話しかけてもみる。だけどやっぱり、それは伝わりませんでした。

私が本当に子供のココロのままだったら「何でひとりで越えないのかな?」 きっとただそれだけを考えたでしょう。だけど私は長い時間生きてくるうちに、周りと同じように出来ない事は恥ずかしかったり、格好悪いなと考えてしまったりするようになったのでしょうね。
現実的に私の方が一般的に考えてRより寿命が短いでしょうから、ひとり残った後の事を考えると、ひとつでも多くRが周りの人と同じようにできる事が増えた方が良い部分もあるのですが。

物理的にできない事なら仕方ない。だけどできる事だから待ってみたのだけど動く方向へ意志を伝える事ができなくて、伝わらなくて、はがゆく切ない。
こんな時はどうするのが一番良い手段なのかなぁ。。今日はダメだから日を改めてと、さっさと手をひいてあげちゃうのがいいのかな。

お互いに、きっと、ガンコなのでしょうね(笑)
だけど、やっぱりちょっと凹み気味の母です。

さぁ、Rさん、明日はどうかな~? 一喜一憂しないでねって言われてるけど期待しちゃうよ。